大判例

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千葉地方裁判所 昭和51年(行ウ)10号 判決 1976年11月29日

原告 宮川淑 ほか二名

被告 千葉県選挙管理委員会

訴訟代理人 玉田勝也 中村均 ほか三名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  原告らは、「被告が現行の公職選挙法別表第一により昭和五一年一二月一〇日の前後に行うことを予定している衆議院議員選挙の公示を差止める。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、なお、右の公示には同法一〇一条二項にいう当選人の住所及び氏名の告示も含むものである旨付陳し、その請求の原因として、別紙(一)記載のとおり主張し、被告の本案前の抗弁に対し別紙(三)記載のとおり反論した。

二  被告は、主文と同旨の判決を求め、本案前の抗弁として、別紙(二)記載のとおり主張し、また右抗弁に対する原告らの反論に対しては、「仮りに原告らの本件差止請求の対象として公職選挙法一〇一条二項の所定の当選人の住所及び氏名の告示が含まれるとしても、選挙の過程の一段階にすぎない同告示の違法の主張は、同法二〇四条所定の選挙訴訟の原因とすべきものであつて、これを理由に同告示の差止を求める訴えの提起は許されない。」と主張した。

理由

一  原告らの請求原因の要旨は、

「原告らは、衆議院議員の選挙につき、公職選挙法別表第一(以下単に別表第一という)に定める千葉第四区の選挙権者である。しかして、別表第一に定める各選挙区においては、どの選挙人の一票も他のそれと平等な価値を与えられることが憲法一四条一項の要求するところである。しかるに、千葉第四区の選挙人の投票価値は他区のそれに比べて低く、その間には合理的理由を欠いた著しい格差が存在するため、別表第一のうち千葉第四区の選挙区並びに議員定数の定めは、「法の下の平等」を保証した憲法一四条一項に違反して無効である。

従つて、別表第一に基づいて行なわれる、来るべき衆議院議員の総選挙の施行の公示ないしは公職選挙法一〇一条二項所定の当選人の住所及び氏名の告示はいずれも違法であつて、これがなされるときは、他区の選挙権者と平等の投票価値を以つて投票しうるべき原告らの選挙権が侵害されることとなるので、これを防止するため、右選挙の施行の公示ないしは右告示の取消にかえて、事前にこれらの差止を求める。」

というにある。

二  よつて考えるに公示の概念中に公職選挙法一〇一条二項にいう告示が当然に含まれるものと解しうるか否かはしばらくおくとして、原告らは、本件訴訟を抗告訴訟と構成しようと試みるものであるけれども、本件訴訟の実体は、帰するところ選挙に関する法規の違憲無効を主張して、選挙制度の適正な運用を維持するため、原告らが千葉第四区の選挙人たる資格において提起したものと解するほかはなく、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の紛争において、個人の権利、利益を保護するために提起された訴訟といえないことが明らかであるから、本件訴訟は民衆訴訟に他ならず、このような民衆訴訟は、法律に定める場合に法律に定める者に限り提起することができるに止まるのである(行政事件訴訟法第五条、四二条参照)。しかるに本件のごとき訴訟を提起することができる旨を定めた実定法上の規定はない。よつて、本件訴訟は不適法な訴えといわなければならない。

なお付言するならば、公職選挙法二〇四条は、民衆訴訟として選挙の効力に関し異議のある選挙人又は公職の候補者は、当該選挙の日から三〇日以内に高等裁判所に訴訟を提起することができる旨規定しているが(いわゆる選挙訴訟)、もし仮りに選挙の施行の公示ないしは当選人の住所及び氏名の告示に何らかの瑕疵があつて、それが選挙の効力を左右するような場合には、これらの瑕疵は、右選挙訴訟の請求を理由あらしめる事由の一つとして主張しうるものと解するのが相当であり、選挙の一連の手続から右の公示ないし告示のみを分離して、これを独立に抗告訴訟の対象とするが如きは、法律の許容するところでないことが明らかである(最高裁昭和三二年三月一九日第三小法廷判決民集一一巻三号五二七頁、同昭和三八年九月二六日第一小法廷判決民集一七巻八号一〇六〇頁参照)

以上と異なり、本件訴訟を抗告訴訟として構成しうるとする原告らの見解は、当裁判所の採用しないところである。

三  よつて、原告らの本件訴えは、これを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小木曾競 井上廣道 廣田民生)

別紙(一)

一 原告らは、日本国民であり、現行の公職選挙法別表第一が定める衆議院議員の選挙区・千葉県第四区に居住する選挙権者である。

二 被告が、現行の公職選挙法別表第一のまま衆議院議員選挙の公示を行えば、日本国憲法第一四条一項が原告らに保証している「法の下の平等」取扱いの原則に違反する。

三 したがつて原告らは、被告が現行の公職選挙法別表第一により、昭和五一年一二月一〇日前後に行うことを予定している衆議院議員の選挙の公示の差止めを求めるものであるが、理由の詳細は以下のとおりである。

(一) 国会議員の選挙においては、どの選挙人の一票も他のそれと均等な価値を与えられることが憲法第一四条一項の要求するところであり、居住場所を異にすることによつて投票の価値に差別を設けることは、同項に違反する。

(二) しかるに、公職選挙法別表第一が定める衆議院議員の選挙区および選挙すべき議員の数を、各選挙区ごとの人口および有権者数と対比するならば、とうてい合理性を有するとは考えられない著しい格差が存在する。

すなわち、まず昭和五〇年一〇月一日現在の人口数との関連で指摘するならば、原告らの居住する千葉県第四区における議員一人当たりの人口数は四一一、八三五であるのに対し、兵庫県第五区のそれは一一〇、七四九であつて、その比率は三・七一対一である。また同じ千葉県内の第三区と比較するならば、三・二八対一である。

次に、昭和五〇年九月一日現在の有権者数との関連で指摘するならば、千葉県第四区における議員一人当たりの有権者数は二六八・〇七一であるのに対し、兵庫県第五区のそれは八〇、二四九であつて、その比率は三・三四対一である。また千葉県の第三区と比較するならば二・三六対一である。

以上にみられるような一票の価値に関する著しい格差は、投票の価値の平等という民主政治の根幹的原則に反するものであり、原告ら千葉県第四区の住民は違法な差別のもとにある。

(三) 右に述べたような投票価値に関する合理性を欠いた格差が存する場合、それを是正すべきは、憲法が国会に命じている義務のはずである。すでにその是正の機会は存在した。すなわち、直近の国勢調査(昭和五〇年一〇月一日現在)における人口統計が公表されたのは昭和五〇年一二月一〇日であり、その結果を第七七通常国会(昭和五〇年一二月二七日召集)に反映させることは可能だつたはずである。また今後の可能性として、近々召集される予定の臨時国会の場がある。

原告らの居住する千葉県第四区は、もと同県第一区であつた。それが昭和五〇年七月、公職選挙法の一部改正に伴つて分割し直され、第四区となつたものである。たしかにその時点において、それまで存在した極端なまでの定数不均衡はやや是正された。しかしその改正は、昭和四五年の国勢調査を基準とし、一票の価値の最高と最低の格差は、二・九二対一にまで修正されたにすぎなかつた。こうした程度の修正は、それまで存在した違憲状態を解消するにはほど遠く、合理的な是正だつたとは到底認められない。したがつて、最高裁判所をして、昭和五一年四月一四日判決(昭和四九年(行ツ)第七五号)で違憲と断定せしめた昭和四七年一二月一〇日実施の衆議院議員選挙当時の定数不均衡は今日まで持ち越されているのである。

四 以上からして、現行の公職選挙法別表第一のまま衆議院議員選挙が行われるとするならば、原告らの法の下で平等に取り扱われるべき権利が侵害されるため、選挙の公示差止めを求める次第である。

なお、以上の陳述で示唆したように、原告らの請求の目的の本意は、選挙の公示の差止めにあるのではない。すなわち、違憲状態を解消するよう議員定数配分規定を改める義務が国会にあることを確認し、近々に予定されている臨時国会において実際にそれが行われることを期待しているのである。選挙が違法に行われることを避けるため、現行法上選挙人にとつて可能な唯一の手がかりとして公示の差止めという手段に依拠せざるをえなかつたのである。

講学上、この種の予防的差止めが可能である場合の要件として<一>確実に近い将来にその処分が予想され、緊急性があること、<二>それが行われると国民の法益が侵害されること、<三>事後の救済が困難であること、<四>他に適切な手段がないことなどが挙げられているが、本請求はそれらの要件をすべて満していると判断し、訴えを提起した次第である。

別紙(二)

一 原告らは、被告に対し、現行の公職選挙法別表第一により昭和五一年一二月一〇日の前後に行うことを予定している衆議院議員選挙の公示を差し止める旨の裁判を求めているが、衆議院議員総選挙の施行の公示は、憲法上、衆議院議員の任期終了又は衆議院の解散という要件が充足された場合に、内閣の助言と承認により、天皇が行うところの国事行為であり(憲法七条四号)、被告はこれについて何らの権限も有しないのである。

二 よつて、被告の権限に属しない行為の差止めを求める本件訴えは、不適法なものとして却下されるべきである。

別紙(三)

一 被告は、原告らが差止めを求めた「衆議院議員選挙の公示」を、憲法第七条にもとづいて天皇が行う国事行為としての「国会議員の総選挙の施行」の「公示」と誤解し、それを被告の権限に属しない行為として、不適法ゆえ却下を求めているが、これは全くの見当違いである。

原告らは、被告の千葉県選挙管理委員会が行う衆議院議員選挙の公示と指摘しているのであり、また総選挙「施行」の公示とは述べていない。

総選挙に関する都道府県選挙管理委員会の告示(公示)行為としては次の種類がある。選挙長又は選挙分会長の告示、選挙会又は選挙分会の日時及び場所の告示、立会演説会開催日時、会場等の告示、会場等の告示、法定選挙運動費用額の告示、当選人の住所及び氏名の告示等

これらの告示のうちで、抗告訴訟の対象として考えられるのは、公職選挙法第一〇一条第二項にもとづいてなされる「当選人の住所及び氏名の告示」である。その理由は、当選人の決定の成立要件は開票による客観的事実である有効投票の最多数であるが、当選人の決定の効力発生要件は、該法第一〇二条による告示であるからである。この場合の告示は最終的な一般処分の性質を有する。

被告が、現行の公職選挙法別表第一のまま行われる次回(第三四回)総選挙に関しこの告示を行えば、請求の原因で述べたとおり、それは、原告らの選挙権の量的範囲を不均衡のままに確定処分し、平等権の範囲を違法に確定する効果をもたらすのである。したがつてこの告示は、原告らに対する行政処分の要素を満たし、抗告訴訟の対象となるのである。それは、直接の法効果の変動を原告らに与えるからである。

原告らが、多数のなかの一部であることによつて、原告としての適格性を否定されるものではない。一人でなくとも複数の者が、行政処分を抗告訴訟の対象として訴えをおこすことができることは、すでに数多くの判決に示されている。例えば、盛岡地裁判三一年一〇月一五日、行裁例集七巻一〇号二四四三頁、東京地裁判昭和四〇年四月二二日、行裁例集一巻四号七〇六頁、東京地裁判昭和四三年七月一一日、行裁例集一九巻七号一一七六頁、広島地裁判昭和四八年一月一七日、行裁例集二四巻一・二号一頁、宇都宮地裁判昭和五〇年一〇月一四日、判例時報七九六号三一頁など。

抗告訴訟の要件として、出訴者が自からにかかわる利益を有することは必要であるが、この自からにかかわる利益は、専ら出訴者だけのものでなければならない理由は何もない。その者だけに固有の特殊的利益に関してのみ出訴が許されるとするならば、そもそも共同訴訟など成立しえないのである。出訴者たちが一定の利益圏に属し、かつ特定された多数者の一部であれば、出訴資格を有するのである。一票の有する価値の重さの点で他選挙区から区別された千葉県第四区の特定多数の有権者の一部である原告らは、それらの点で出訴者としての適格性を有する。

二 選挙手続を抗告訴訟としてとらえる考え方を、昭和五一年四月一四日の最高裁判所判決において岸盛一裁判官は次のように示している。

「選挙を、選挙の告示にはじまり当選人の決定にいたる一連の手続を全体として一個の行政処分としてとらえるか、あるいは、右の一連の行為の最終段階として選挙会が決定し選挙管理委員会が告示する当選決定を行政処分としてとらえ、これに対する抗告訴訟というものを構想することができないであろうか。更にまた、次のようにも考える余地がないであろうか。そもそも法令が一般に抗告訴訟の対象とならないことはいうまでもないが、配分規定は、いわゆる一般処分に近似した性格、機能をもつものとみられないこともないので、配分規定そのものを抗告訴訟の対象としてとらえることもあながち不当とはいえず、この場合右配分規定による具体的な選挙の施行によつて平等選挙権の侵害が現実化したものとして抗告訴訟の原告適格を肯定することもできるのではなかろうか」と。

岸裁判官が指摘したと同じように、原告らも、「当選人の住所および氏名の告示」が、権利・利益の救済である主観的訴訟の要件を満たしていると考える。

また同様に、東京地方裁判所昭和四〇年四月二二日判決は、「療養に要する費用の算定方法を定める告示」に関し、「行政処分」と判示している。

三 原告らは、「請求の趣旨」で示したように、被告の行う公示を差止める予防的不作為命令訴訟の形態を採用するのであるが、義務づけ訴訟を許容した判決としては例えば次の二例がある。

東京地裁判昭和三七年一一月二九日(行裁例集一三巻一一号二一二七頁)は、戦没者の妻に遺族年金および弔慰金を受ける欠格事由ないし受給権の喪失事由がないと認定したうえで、被告の厚生大臣がした戦傷病者戦没者遺族等援護法にもとづく不服申立ての棄却裁決を取消し、かつ原告に対し、戦没者にかかる遺族年金および弔慰金を受ける権利を有する旨の裁定をせよと判決した。

また、東京地裁判昭和三八年七月二九日(行裁例集一四巻七号一三一六頁)は、受刑者が刑務所長を被告とした事件につき、「………原告の頭髪を、調髪の必要のある場合を除き、強制調髪してはならない旨の予防的不作為命令訴訟である。原告は入所以来二〇日間に一回頭髪を受けており、将来、強制翦髪を実施すべきか否かについて改めて被告の判断を経由するまでもなく………被告の第一次的判断権はすでに行使されたに等しい状況にある。………他面、頭髪の翦剃は、いつたん実施されれば原状に回復することは不可能であり、その意味において、事前の差止めを認めないことによる損害は回復すべからざるものであり、現行法上、事前の差止めを訴求する方法以外に他に適当な救済方法も存しないから、このような予防的不作為命令訴訟の類型自体は許容される」と判示している。

これらの判例から、予防的不作為命令訴訟の要件を一般化すると、<一>行政庁の行為が一義的に裁量の余地がないほど明瞭であつて、行政庁の第一次的判断権を留保する必要がないこと、<二>個人がきわめて大きな損害を被る危険が切迫していること、<三>事後の救済が困難であること、<四>他に救済方法がないこと、となる。

公職選挙法第一〇一条にもとづき被告が行う次回総選挙の当選人決定の告示を差止める本件は、まさにこの要件に適合する。すなわち、<一>第三四回総選挙に関する被告の「当選人の住所及び氏名の告示」が近々に行われることは明白であること、<二>その告示によつて、憲法が原告らに保障している国民としての基本権である平等権、参政権が侵されること、<三>昭和五一年四月一四日、最高裁判所は、昭和四七年一二月一〇日実施の総選挙のうち、千葉県第一区に関する部分を、定数不均衡を理由に違憲としたが、選挙の効力そのものを無効とすると公の利益に著しい障害を生じるとして、選挙は有効とするいわゆる事情判決を下した。こうした判決の内容は、違憲選挙によつて侵された国民の権利の事後の救済がきわめて困難であることを示している。<四>違憲選挙を事前に予防する手段としては、抗告訴訟をおいて他に適切な手段がない。

四 以上述べたとおり、被告の抗弁は、原告らの訴えの内容の誤解にもとづく見当違いの内容のものとなつており、原告らの訴えを不適法として却下を求める何らの理由にならない。よつて、被告の行う「当選人の住所及び氏名の告示」の差止めを求める次第である。

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